ロシア海軍太平洋艦隊に所属する2隻の軍艦が9か月に及ぶ地中海での待機の後、黒海への侵入を諦め、母港のあるウラジオストクへの帰路についた事が分かりました。
ウクライナに拠点を置く黒海戦略研究所は6日、ロシア太平洋艦隊の旗艦であるミサイル巡洋艦ヴァリャークと大型の対潜艦であるアドミラル・トリビューツが 10 月 21 日にスエズ運河を通って地中海を離れたと報告しました。2隻はその後、11月3日にインド洋のスリランカ領海に入ったことが確認されています。そのため、近々、日本海を通るか、既に通過したかもしれません。
2隻はロシアによるウクライナ侵攻が始まる3週間前の2月2日に地中海に到着したことが確認されています。地中海にはシリアを支援するためのロシア艦艇も展開していますが、タイミング的にはウクライナ侵攻に伴う、ロシア黒海艦隊への支援が目的と推測されます。
ヴァリャーク
太平洋艦隊旗艦のミサイル巡洋艦ヴァリャークに見覚えがある方もいるかもしれませんが、ヴァリャークは撃沈された黒海艦隊旗艦モスクワと同型艦のスラヴァ級ミサイル艦です。モスクワは1番艦、ヴァリャークは3番艦になります。1989年に就役したこの船は皮肉にも当初、「赤いウクライナ」を意味する”チェルヴォナ・ウクライナ”と名づけられていました。1990年には今の所属である太平洋艦隊に編入されます。しかし、その後直ぐにソ連が崩壊、ウクライナが独立すると艦名は現在の”ヴァリャーク”に改名されます。モスクワと同型であるヴァリャークはもちろん、スペックはモスクワとほぼ一緒で、黒海に展開していれば、モスクワがそうであったように、巡航ミサイルによる長距離攻撃、そして、広範囲に及ぶ防空任務を担っていたかもしれず、ウクライナ軍はより困難な状況になっていたかもしれません。
アドミラル・トリビューツ
アドミラル・トリビューツはウダロイ級駆逐艦、ロシア海軍ではプロジェクト1155と呼ばれる大型対潜艦です。12隻ある同型艦の6番艦になり、1985年に就役しています。対潜艦とあるように対潜水艦戦闘任務を行うことを目的に設計されており、対潜ミサイル、対潜ロケット爆雷のRBU-6000、魚雷などを搭載、2機のKa-27対潜ヘリも搭載しています。しかし、ウクライナ軍は潜水艦を所有しておらず、そのため黒海に行っても対潜任務はほぼありません。最大64発の対空ミサイル、シウス、100ミリ砲2門も搭載しており、ヴァリャークが攻撃に専念できるよう防空及び対水上任務を主任務にヴァリャークの補佐的な役目として派遣されたものと思われます。
トルコが黒海を封鎖
この2隻は侵攻開始時の2月24日には黒海に侵入していませんでした。ロシアが3日程度で首都キーウの制圧を目論んでいたことから、予備戦力、若しくは制圧後の何かしらの役目を担う目的で展開していたのかもしれません。しかし、キーウの制圧は目論み通りには行かず、ロシア軍は苦戦。3月に入ると黒海と地中海を結ぶ唯一の航路であるボスポラス海峡、ダーダネルス海峡を管理するトルコが海峡を封鎖。軍艦の通航を禁止します。トルコは1936年のモントルー条約の下で両海峡を管理しており、戦争中や戦争が差し迫った際に軍艦の航行を制限できる権限を持っています。
これによりロシア海軍は黒海に母港を持つ艦船、つまり黒海艦隊に所属する艦船以外の船の通行ができなくなります。ヴァリャークとアドミラル・トリビューツが同海峡の通過を試みたという情報はありませんが、ロシア海軍は3月以降、少なくとも駆逐艦2隻、フリゲート艦1隻、諜報船1隻の4隻の通過を試みるもトルコによって追い返されています。しかし、輸送船に偽装して、兵器を搬入していたことは明るみになっています。とはいえ、外観で判断できる軍艦の通過は狭い海峡で監視の目をかいくぐって航行することは不可能です。これ以上ここにいても無駄と判断し、母港のある遠く離れた太平洋のウラジオストクに帰ることを判断したものと思われます。
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黒海艦隊は4月に旗艦であるミサイル艦モスクワを失い、10月にはモスクワの代わりに旗艦となったフリゲート艦アドミラル・マカロフがウクライナの無人船と思われる攻撃によって損傷するなど、これまで複数の主力艦を失い、弱体化しています。ロシア軍の陸軍、空軍が壊滅的な打撃を受ける中、海軍は唯一の海上戦域である黒海に入ることができないため、他の軍と比較しても消耗率は各段に低く、海軍歩兵や航空戦力を除き、北方艦隊、太平洋艦隊、バルト艦隊といった主要艦隊の艦船は無傷です。もし、ウクライナの戦線に投入できれば、今の劣勢を覆す、海岸線を焦土化するだけの艦隊戦力を持っています。そして、それだけの戦力に対抗する海軍、航空戦力をウクライナ軍はもっていません。
ウクライナ軍もロシア軍同様、トルコの海峡を通過して黒海の外から艦船の支援を受け取ることはできませんが、現状では封鎖が功を奏している形です。封鎖のため陸や空と違って海上兵器の支援は少ないですが、対艦ミサイルやドローンを駆使して、着実に黒海艦隊の戦力を削いでいます。そして、支援部隊の提供を受けることができないロシア黒海艦隊は戦力回復できずに確実に消耗していっています。黒海艦隊が艦船を補充するには現状、黒海で造船する必要がありますが、それには長い年月が掛かります。
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