ウクライナで年金受給者の老人が狩猟用ライフルを使ってロシア軍の戦闘爆撃機Su-34を撃墜したとして話題になっている。事実だとすれば素晴らしい戦果ではあるが、そもそも、猟銃で現代の戦闘機を撃墜できることは可能なのだろうか?
ウクライナ国家国境庁は、年金受給者の老人であるヴァレリー・フェドロヴィッチ氏が今年8月、ウクライナ北部チェルニーヒウ上空を飛行していたロシア空軍のSu-34を持っていた猟銃で撃墜したと発表した。彼は自分たちの街を爆撃するロシア軍機のSu-34を目のあたりにすると、自宅の屋根に上り、持っていた猟銃で戦闘機を狙って撃った。すると、直後、Su-34は「ボンッ」という音を立てて、煙を吐きながら急降下して墜落した。彼はその機体の残骸をガレージに保管している。ウクライナ国家国境庁は8月19日にフェドロヴィッチ氏の行動を称え「英雄」と称賛、メダルを授与した。
しかし、どうしても猟銃で戦闘機を撃墜というのがにわかに信じがたい。
ライフルで戦闘機を撃墜できるのか
常識的に考えればライフルで戦闘機を撃墜することは不可能であり、手練れの狙撃手であっても飛行中の戦闘機をライフルで撃墜すること、そもそも当てることさえもほぼ不可能とされている。ただ、可能性は”ゼロ”ではない100万分の1の確率で起こりえるが、よっぽど条件が整った時であろう。まず、今回のケースは音速飛行可能なSu-34戦闘機爆撃である。同機は高度数千メートル上空を音速で飛行する。この時点でライフルの射程外である。更に戦闘機の速度は弾丸速度に匹敵する。Su-34の最高速度は2000km/h(マッハ1.8)、低高度でも1400km/hと早く、1400km/hは散弾銃の初速と同等になる。
地上攻撃時、高度は高度数百m以下まで降下、速度も亜音速まで下がるが、墜落時の映像を見る限り、今回、地上すれすれを飛行するような低高度であったようには見えず、少なくとも200~300mはあったように見える。弾が届くのがやっとの距離であり、仮に当たったとしても、弾丸は到達までに、その運動エネルギーのほとんどを失っている可能性が高い。しかも、今回使用されたのは猟銃、弾はおそらく散弾であり、軍用のライフル弾と比べ、有効射程は短く、威力も弱い。墜落にいたるような致命的な打撃を与える事はほぼ不可能だ。しかも、戦闘爆撃機であるSu-34は他の戦闘機と比べても地上攻撃を行うケースが多く、地対空兵器に狙われるがことが多いので下面の装甲は厚くしている筈で、例え地上に駐機している同機に向かって至近距離から猟銃で撃っても致命的な損傷を与えることはできないだろう。そもそも、第一次世界大戦時の複葉機でさえも一発の弾丸で撃墜させることはほぼ不可能であり、第二次世界大戦時では、7.62mm弾丸で戦闘機を撃墜するのに、最低でも4500発を擁したとされている。今回、何発撃ったかは不明だが、せいぜい数発だろう。ライフルで狙うにしても装甲も性能も上がった現代の戦闘機に損傷を与えるには、対空機関銃や対物ライフルにも使用されている口径12.7mmが最低でも必要だ。ロシア軍機が”カタログスペック通りの性能がない”と、今回のウクライナ侵攻で明るみになりつつあるが、例えそうだとしても、2000年代に運用が始まったSu-34が猟銃に撃墜されるのは考えにくい。
墜落原因はおそらく他の兵器よるもの、または既に何かしら致命傷を負っていた、マシントラブルが推測される。ウクライナ国家国境庁もさすがに猟銃でSu-34が撃墜できたとは思っていないと思う。同庁が彼にメダルを与えたのはプロパガンダと国威発揚、そして、墜落の原因はどうであれ、猟銃でロシア軍機に立ち向かった行動に対してであろう。