20日、ウクライナ軍は東部の要衝アウディイウカから撤退した。これにより、ロシアは戦略的目標としていた同地の攻略制圧に成功したわけだが、ロシア軍はその代償として多大な損害を出していた事が、あるロシア人軍事ブロガーによって明かされた。しかし、その情報は直ぐに削除され、ブロガーは亡くなった。
昨年10月から激化していた東部ドネツク州の要衝アウディイウカを巡る攻防戦。遡れば、2014年のウクライナ東部紛争から最前線の地として戦闘を繰り広げてきた同地域から今月20日、ウクライナ軍は撤退した。長きに渡る戦闘と西側の支援停滞によってウクライナ軍は弾薬、兵員不足に陥り、劣勢に。部隊も包囲されつつあり、撤退を決めた。アウディイウカを巡る戦闘でウクライナ軍は敗北した形だ。しかし、勝利したロシア軍の損害も甚大だった事をあるロシア人軍事ブロガーが明らかにした。ロシア軍人で軍事ブロガーのAndrei Morozov（アンドレイ・モロゾフ）氏は「Murz（ムルツ）」というペンネームで活動し、テレグラムで登録者10万人を超える人気の戦争支持チャンネルを運営していた人物だ。ただ、その反面、ロシア軍の武器不足、官僚的非効率性、横行する腐敗などロシアの軍事的・政治的指導力を定期的に批判もしていた。
ロシアの独立系メディア「モスクワ・タイムズ」の報道によればモロゾフ氏は先週、アヴディイウカ占領を巡ってロシア軍1万6000人が死亡、300両の戦闘車両を失ったと投稿した。モロゾフ氏によれば、退却するウクライナ軍の死者は約7000人とされ、同地で勝利したはずのロシア軍の損害と比較した。1万6000人とあれば、1個師団が全滅した事と等しい数になる。しかし、この書き込みは直ぐに削除されることに。モロゾフ氏は21日朝、テレグラムに長い投稿を公開し、「アヴディイウカの戦いで1万6000人のロシア兵が死亡したという投稿を削除しなければならなかったために自殺を決意した」と発表した。「自分で引き金を引くことができないウラジミール・ソロヴィヨフ率いる政治的売春婦たちからの圧力により、司令部がその投稿を削除するよう強制した」と主張した。ウラジミール・ソロヴィヨフ氏はロシアの大物テレビ司会者でクレムリンの代弁者としてウクライナ侵攻を支持し、度々、過激な発言をする人物だ。同氏はモロゾフ氏の投稿に対し「ロシア国防省に対する中傷的なフェイクニュース、敗北主義的思想を助長するクソであり、ロシア軍の残忍な信用失墜である」と批判していた。しかし、モロゾフ氏は2014年から親ロシア派武装組織「ルハンシク人民共和国」の民兵の一員として長年戦ってきた人物であり、決して政権に批判的な人物では無い事から、彼が故意にフィエク情報を流すとは思えず、情報の信ぴょう性が伺える。
モロゾフ氏は最後、「そうだね、自分でやるよ。誰もこのつまらない仕事に挑戦しようとしないなら、自分を撃つよ。」と述べ、読者に自分の死を「悲しまないで」と呼びかけ、ウクライナのドンバス地方にある自称「ルハンシク人民共和国」に埋葬するよう求めた。モロゾフ氏が亡くなった事はロシアメディア、他の軍事ブロガー、20日火曜夜にモロゾフ氏と話したというマキシム・パシュコフという弁護士が報告した。
ウクライナ軍は兵の命を守るため撤退
ウクライナ軍はアヴディイウカから撤退したものの、モロゾフ氏の情報が正しければ、ロシア軍に倍以上の損害を与えた事になる。今回、撤退命令を出したのは先日解任されたザルジニー前総司令官の後任のシルスキー総司令官だ。同司令官はバフムートでの軍事作戦を指揮した人物で、戦略的価値が無いと言われた同地に留まり、長きに渡って徹底抗戦を貫いた人物。ソ連生まれでソ連軍式の戦術を取るともいわれており、苦戦が続くアウディイウカでも、撤退せずに戦闘を続けると思われた。実際、撤退前にはウクライナ軍の最強部隊「第3独立強襲旅団」を投入。ロシア軍の戦線突破を図るのではと思われたが、実は同旅団は包囲されていた第110独立機械化旅団の撤退を支援するために投入されていた。シルスキー総司令官は今回の撤退を「兵士の命を守るため」と述べ、司令官就任直後にアウディイウカ撤退という苦渋の判断をした。しかし、撤退前にウクライナ軍は後方に第二、第三の防衛陣地を築いており、更に進軍してきたロシア軍を築いた防衛陣地で撃退している。プーチンとロシア国防省はアヴディイウカの制圧という成果をアピールしているがモロゾフ氏の情報はそれに水を差すことになり、ロシアはその火消しを図った形と思われる。
