PMC(民間軍事会社)は軍事企業といっても民間企業であり、主な仕事は要人警護や重要施設、危険地帯の武装警備になる。だが、企業によっては裏の仕事として正規軍ではできない仕事や国家の関与を隠したい任務など汚れ仕事を請け負うこともあるとされる。時には正規軍に代わって戦争を行うPMCもいる。そんなPMCの代表格とされるのがロシアの”最恐”PMC「ワグナーグループ(ワグネル)」だ。
スペツナズが創設したPMC
ワグナーグループはGRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)のスペツナズ隊員だったドミトリー・ウトキン元中佐が創設したPMC。ウトキンは2013年にGRUを退職後、香港にあるスラヴ軍団という別のPMCに務め、シリア内戦で油田の警備にあたっていた。スラヴ軍団はシリアでイスラム国の攻撃を受け大きな被害を受ける。退職したウトキンは2014年に自身のコールサインであった”ワグナー”を名付けたPMCを立ち上げる。ウトキンに資金援助したのがロシアの実業家エブゲニー・プリゴジン。このプリゴジンという人物はプーチン大統領と密接な関係を持っており、ワグナーグループの創設にはプーチンの意向があったされ、裏で操っているのはクレムリン(政府)とプーチン大統領とされている。
ウクライナ紛争で登場
2014年にウクライナで反ロシア派と新ロシア派の間で「クリミア危機・ウクライナ東部紛争」が勃発。ウクライナ東部の親ロシア派の分離主義者を暗黙のうちに支援していたのがロシア政府だ。しかし、正規軍を派遣すれば国際的な批判は免れない。そのような状況で「傭兵」、「PMC」の定義が都合が良いと考えたクレムリンはPMCを派遣して正規軍に代わって代理戦争を行わせることを考えた。そこに派遣されたのウトキンが指揮するワグナーグループになる。ロシア軍の軍事施設で訓練された彼らはロシア軍に代わってウクライナ軍と戦った。この戦いで30~80人のワグナー兵士が亡くなっている。 ウクライナ東部紛争には各国がロシアの介入を批判したが、ロシアは一貫して参戦していないと主張している。
シリアへ
2015年にワグナーの兵士はシリアに派遣される。シリアの油田とパイプラインをイスラム国から守るためにワグナーはシリアの国営石油会社ゼネラル・ペトロリアム・コーポレーションと契約を結んだ。表向きはシリアの石油会社との契約だが、ロシアはシリア内戦でアサド政権を支援しており、正規軍が表に出て企業の警備はできないため、これもウクライナと同様に正規軍に代わってPMCが派遣された形になる。
このような経緯を経て2016年に1000人しかいなかった社員は2017年には6000人までに増大。社員のうち、三分の一から半分ほどが戦闘員されており、その多くは元ロシア軍や警察官になる。シリアには計2500人のワグナー社員が駐留し、2015年以降から戦闘で400人以上の社員が亡くなっている。
ワグナーはロシア企業ではない
正規軍であるロシア軍内で戦死者が出れば情報を公表しなければならず、しかも海外の紛争に介入して自国民が戦死すれば国内世論の反発を受けるのは必至だ。しかし、一般企業であるPMCの社員が政府と関係ない業務で戦死しても政府の責任は一切ない。実際、シリアで亡くなった多くのワグナー社員の遺体はロシアの故郷にも帰ってこれていない。
とはいっても自国の企業が多数の戦死者をだせば何も報道しないというわけにはいかないところ。だが、ワグナーはロシアの企業ですらない。ロシアでは傭兵は違法とされており、つまりPMCは非合法事業になる。実際、以前あったスラヴ軍団は違法にシリアで傭兵活動をしたとして代表が逮捕されている。そのためワグナーはロシアに登記しておらず、アルゼンチンに登記している。
事実を報道しようとすると暗殺される
とはいえ、現代の情報化社会に情報を隠すことは難しい。実際、シリアでのワグナーの活動をロシア人のジャーナリストが取材していたが、2018年4月にバルコニーから転落する不可解な死を遂げている。
2018年には中央アフリカの内戦にロシア軍兵士5名と175名のワグナー社員が派遣され、中央アフリカ政府を支援した。これには政治的理由以外に、鉱物、ダイヤモンド鉱山の保護と利益目的があるとされ、鉱山開発にはロシアが関わっていた。同じような形でスーダンにもワグナーは派遣されている。これらを当時、取材調査していた3人のロシア人ジャーナリストがまた不可解な状況で亡くなった。更に殺人事件として捜査していた2人が毒殺されている。ワグナーグループを追求しようすれば殺されることになり、知られたくない事実があるとされる。
給料はそこそこ高給
戦争をこなし、命を危険に晒すワグナーグループの戦闘員はさぞかし、高給をもらっているだろうと考えるが、その月給は意外と高くない。シリアでの任務で月給は2,650ドル(29万円)になる。日本の会社員の平均月給ぐらいだ。命をはる割には安いなと思うが、3ヵ月任務をこなすと15000ドル(165万円)のボーナスがもらえる。指揮官になると給料は3倍になる。年収に換算すると一戦闘員で1000万弱の収入だ。ちなみにロシアの平均月収は8万円だ。軍の場合は更に低いとされる。ロシア人にとって、ワグナーは非常に魅力ある会社になる。
クレムリンは傭兵禁止の法律を改定することを考えており、もし、傭兵がロシアで認められればワグナーグループは更なる巨大化が考えられ、世界最大・最強のPMC・準軍事組織になる可能性がある。
https://www.globalsecurity.org/intell/world/russia/vagner.htm