遅すぎたゼロ戦の後継機「紫電改」が復活!実物模型完成!一般公開開始

兵庫県加西市が姫路海軍航空隊鶉野(うずらの)飛行場跡(同市鶉野町)に整備する戦争遺跡群のシンボルとして製作していた旧日本海軍の局地戦闘機「紫電改」の実物大模型が完成した。 跡地に新設した倉庫に展示し、今週6月9日(日)より一般無料公開される。

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局地戦闘機「紫電改」とは

http://www.indianamilitary.org/

紫電改は太平洋戦争末期に大日本帝国海軍が開発した局地戦闘機。ゼロ戦の後継機として1941年から川西航空機(現新明和工業)により開発が進められた。戦争が進むにつれ、ゼロ戦が米英の新鋭機に太刀打ちできなくなったのと、三菱が開発を進めていた「雷電」の配備が遅れていたこともあり、満足いかない設計のまま初期モデルの紫電十一型は1943年8月に量産が開始され、1944年1月に配備が始まる。主にフィリピン、台湾に配備されるも空戦能力は満足いくものではなく、アメリカの戦闘機F6Fにも対抗できなかった。設計陣は既に1943年5月から紫電を低翼化した「紫電改」の設計を始めていた。1944年1月にテスト飛行が行われ、同年12月には初陣を飾った。速度、火力、防弾能力とゼロ戦を上回り、高い評価を得た紫電改は1945年1月には11,800機の生産計画が立てられた。しかし、空襲による工場の被災や原料不足により、実際に生産されたのはわずか420機にすぎなかった。米軍からもその性能を認められ、P51マスタングに双璧をなすともいわれたが戦争末期では熟練搭乗員も少なく、新米搭乗員は十分な訓練を受けていなかった事もあり、目立った戦火を上げることなく、終戦を迎え、遅すぎた戦闘機であった。
鶉野町にあった川西航空機工場では44機が製造された。

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公開について

展示されるのは実寸大の復元機になるが、外観だけでなく、 内部の細かい部分まで再現しており、コックピットの計器類の詳細を再現し、当時の設計の売りであった主翼の自動空戦フラップも再現し、電動で出し入れできる。現在は備蓄倉庫に展示される形だが、2年後に予定される地域活性化施設が完成次第、移転される。公開予定日は限定されるので詳しい日程や訪問方法は加西市のHPを確認してください。

公開予定日 6月から8月(いずれも日曜日)

公開日は毎月第1・第3日曜日の午前10時から午後3時まで。

  • 令和元年6月16日
  • 令和元年7月7日
  • 令和元年7月21日
  • 令和元年8月4日
  • 令和元年8月18日 

http://www.city.kasai.hyogo.jp/04sise/11osir/osir1906/osir190606b.htm

場所

鶉野飛行場跡

※参考情報 https://www.jiji.com/jc/article?k=2019060600401&g=soc

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