メキシコといえば十数年前まではテキーラにタコス、マヤ文明にカンクンに代表される美しいビーチというイメージだった。実際にメキシコに行ったことがあるが、まさにイメージ通りだった。しかし、今、メキシコ関連のニュースで目に入ってくるのは「大量の遺体が見つかった」、「銃撃戦で○○人死亡」といった物騒な事件ばかり。今のメキシコは 映画『シカリオ』やネットフリックスのドラマ『ナルコス』のような麻薬戦争、麻薬カルテルというイメージが強くないだろうか?
麻薬カルテルとは
麻薬カルテル(Cartel)とは麻薬の製造から流通、販売までを手掛ける犯罪組織のことを指す。そもそもカルテルという言葉は企業連合(きぎょうれんごう)を意味し、企業・事業者が独占目的で行う、価格・生産計画・販売地域等の協定や組織を意味する経済用語だ。経済においてカルテルは自分たちに有利な価格変動や談合などを行う懸念から独占禁止法に抵触し禁止されている。しかし、非合法な麻薬カルテルに関係はない。カルテルも複数の組織からなっており、元締めの指示のもと各組織が地域毎に製造から流通、販売まで手掛けている。資金洗浄の目的で銀行や運送会社など複数の企業を傘下に持っていることも多い。そのような組織が複数集まって大きな麻薬カルテルを形成している。
麻薬戦争
戦争といえば国家間での争いのことを言うがメキシコの麻薬戦争はカルテル間、そしてカルテルとメキシコ政府(軍・警察)間の争いのことをいう。
1990年初めまで麻薬はコロンビアのメデジンカルテルとカリカルテルの二大カルテルが牛耳っており、メキシコはアメリカへの中継地点に過ぎなかった。しかし、アメリカの麻薬捜査取締局(DEA)とコロンビア政府によって、コロンビアのカルテルが解体すると、2000年代からメキシコのカルテルが牛耳ることになる。最大の供給地であるアメリカと国境を接するメキシコは更に麻薬ビジネスを拡大させる。そこに目を付け多数のカルテルが誕生し、利権、縄張り争い起き、地域住民を巻き込んだ武力紛争が勃発する。カルテルは麻薬ビジネスで得た巨額な資金を使って軍事力を強化し、警察、軍隊並みの重火器まで揃え、中には元特殊部隊を雇用し私設の傭兵部隊まで設けるカルテルもいた。警察や軍も取り締まりに動くが、強力な軍事力の前に多くの犠牲者をだした。更に軍や警察、官僚幹部はカルテルに買収されていたり、復讐を恐れる者が多く、抜本的な対策を打ち出せずに戦争は続いている。
2006年からの11年間で麻薬戦争で20万人以上が無くなり、3万人以上が行方不明になっている。
メキシコの四大カルテル
シナロア・カルテル(The Sinaloa Cartel)
Nick Raffey discusses the implications of #ElChapo extradition to the US for the #SinaloaCartel https://t.co/D1uxmlhV5a pic.twitter.com/gRHZS89I0i
— NATO Association (@NATOCanada) February 25, 2017
米国政府は、シナロア・カルテルを世界最大の麻薬取引組織の一つとしている。 本拠地のシナロア州やソノラ州、バハ・カリフォルニア州といったアメリカと国境を接するメキシコ北西部を支配し活動拠点としている。
1980年後半に創立され、悪名高い麻薬王ホアキン・グスマン、別名「エル・チャポ」が長年率いてきた。グスマンはかつて世界で最も裕福な男性の一人にランクされ、彼の生涯と広大な麻薬取引帝国は、数多くの本やテレビシリーズの題材になってきた。
グスマンの指揮の下で、シナロア・カルテルは暴力的で残忍だった。カルテルはライバルの犯罪組織のメンバーを誘拐しては拷問、虐殺し、他のカルテルを潰していった。また、RPGロケットランチャーや自動小銃など多数の銃器を揃え武力を強化し、ホアキン自身も金メッキのAK-47を所有していた。そうして、グスマンが長い間指導者として君臨していた間に、シナロアは米国への違法薬物の最大の供給者となった。今では欧州、アジアでも違法な麻薬密売を行っている。
グスマンは何度か逮捕されているがその度に脱獄している。2016年1月の逮捕後の翌年にはアメリカに移送され、終身刑を言い渡されている。現在は息子のオビディオがカルテルを指揮している。オビディオは2019年10月に警察に一時拘束されるもカルテルの反撃を受け警官10人以上が殺され解放、関わった隊員たちも後に殺される事件が起きた。
ハリスコ・カルテル(The Jalisco New Generation:CJNG)
2010年に登場した新しいカルテル。 元警察官のネメシオ・オセゲラ・セルバンテスこと「エル・メンチョ」が率いている。 メキシコ中部ハリスコ州を基盤にし、新興ながら攻撃的な手法で、このグループはメキシコ全土に急速に拡大、現在、メキシコで最も有力な組織犯罪グループの一つとなっている。
このカルテルは治安部隊や公務員、批判する一般市民に対する一連の攻撃や派手な手法で悪名を高めている。ロケットランチャーで軍のヘリコプターを撃墜し、警察の車列を襲い何十人もの警官を殺害し、他のカルテルのメンバーの遺体を橋に吊るしてライバルを脅すことでも知られている。
米国政府によると、ハリスコ・カルテルは、アフリカ大陸における合成麻薬の主要な販売業者の1つだという。欧米のアンフェタミン密売市場でも重要な役割を果たしており、アジアの麻薬市場とも関連があると考えられている。
ガルフ・カルテル( The Gulf Cartel )
The man who threatened two DEA agents – Profile of Gulf Cartel leader Jorge Costilla-Sanchez https://t.co/GQ6ewNAIUI #Mexico #GulfCartel pic.twitter.com/FjKnKr2Gja
— Gangsters Inc. (@GangstersIncWeb) September 28, 2017
メキシコで最も古い犯罪グループの一つで、その起源はアメリカの禁酒時代の酒の密造まで遡る。北東のタマウリパス州を基盤にしている。1980年代にはフアン・ガルシーア・アブレゴの元、コカインやマリファナを米国に密輸して知られるようになる。ヘロインやアンフェタミンも密輸していたと考えられ、コロンビアのカルテルと密接に連携していた。
1990年代までに、ガルフ・カルテルの麻薬取引活動は毎年数十億ドルをもたらしていたと伝えられている。彼らの手段は豊富な資金力で官僚を買収、政治腐敗を利用し、官公庁、警察・軍を味方につけて自身のネットワークを維持した。 それはアメリカのFBIにも及んでいた。ガルシアはメキシコの麻薬王としては初めてFBIの最重要指名手配リスト10人に含まれ、1996年に逮捕、米国で終身収監された。
ガルシアの後継者オシエル・カルデナス・ギーレンは、カルテルの軍事部門を構築する。彼は腐敗した特殊部隊の兵士を何人か集め、より暴力的な手段を推し進めた。しかし、これらの兵士たちは手が付けられないならず者ばかりで、新たなカルテルを形成する。
カルデナスも2003年に逮捕され、現在米国で25年の刑に服している。その後、彼の兄弟が後を継ぐも2010年にメキシコ軍との銃撃戦で死亡している。カルテルはその後、異なる指導者を持つ複数の派閥に分裂した。結果として弱体化し、激しい縄張り争いに従事している。
ロス・セタス・カルテル(Los Zetas Cartel)
元メキシコ陸軍特殊部隊隊長のアルトゥーロ・グスマン・デセナ大尉が自身の部下のエリート特殊部隊員を30人引き連れて1990年にガルフ・カルテル内で結成した傭兵部隊が起源。2010年にはガルフ・カルテルから分離し、独自のグループを形成する。ガルフとロス・セタスはメキシコ北東部で激しく衝突した。特にロス・セタスは、相手を拷問、殺害しては、遺体に「Z」の文字を刻み、残虐さで有名になった。
ロス・セタスは分離後も元兵士や警察といったメンバーを集め、独自の軍事訓練を行い、重火器を揃えた。カルテルの中でも有数の軍事力を有するようになり、2012年までには勢力は頂点に達した。
その後2012年に、指導者の一人がメキシコ海軍との銃撃戦で死亡すると、次々と指導者が捕まったり、死亡するなどし、創設時のメンバーが減り、指導力を失ったロス・セタスは弱体化。ハリスコ・カルテルなど他のカルテルに支配地域を奪われている。しかし、それでも最も危険なカルテルの一つになる。