映画やドラマでよく見るスパイ。アメリカのCIAやイギリスのMI6など多くの国が諜報機関を抱えており、国内外でエージェントが今も諜報活動を行っています。映画を見ているとスパイってとっても大変そう。しかし、そんな大変なスパイを二重でこなす二重スパイもいるから驚きです。でも、二重スパイって映画や昔の話じゃないの?実際にいるの?
二重スパイとは
一人が二役(二重)のスパイをこなすことから二重スパイといわれます。 英語の場合は「double agent」といいます。
例えばあるアメリカCIAエージェントがいます。彼はロシアで諜報活動を行っています。これは通常のスパイです。しかし、彼はロシアの諜報機関FSBにも雇われCIAには嘘の情報を渡し、FSBにCIAの機密情報を渡していました。CIAのスパイの振りしたロシアのスパイだった、これが二重スパイです。元の雇い主を裏切る者もいれば、双方に有益な情報を渡す者もいます。
二重スパイになるには
二重スパイとしてエージェントになる
諜報機関の正式エージェントとしてスパイになるには機密情報や国益に関する情報を扱うこともあり、諜報機関が属する国家の国籍を保有をしていないくてはなりません。更に国籍があっても過去の経歴調査や身辺調査があります。民間の会社なら遡ってまで経歴を調べませんが諜報機関はそうはいかず、徹底的に調べられます。CIAの採用試験の期間は1年にも渡ります。現代社会において過去を完全に偽造することは不可能です。映画などで二重スパイをする者が幼少期の時から訓練され幼少期にアメリカに移住する設定が描かれますが、それはこのためです。しかし、これは映画で描かれる世界で現実では無いと思われます。最初から二重スパイとして諜報機関の正式エージェントになるのは難しいでしょう。
エージェントの裏切り
エージェントが二重スパイになるケースは裏切りです。理由はお金かスパイ行為がばれて捕まった時です。稀に政治的信条の相違もあります。スパイ行為がばれた時は家族や愛する者を人質に取られることもあり、やむを得なく協力することになります。第二次世界大戦や冷戦時代は東西で敵スパイへのリクルートや寝返り工作が行われ、二重スパイが多数誕生しました。
雇われスパイ
現実の二重スパイに多いのが一般人や一兵士がスパイとして諜報機関に雇われ、その後、二重スパイになることです。エージェントの任務として敵対国の人間をスパイ・情報屋としてリクルートすることも任務の一つです。そうやってリクルートされた人間は十分なスパイとしての訓練も受けておらず、忠誠心も低いため、潜入先で簡単にバレたり、直ぐに裏切り寝返ります。
近年の二重スパイ事件
第二次世界大戦、冷戦時代は世界中で数多くのスパイが暗躍し、各国による敵スパイの寝返り工作など数多く行われ、エージェントによる二重スパイが多数誕生しました。しかし、冷戦も終わり、近年では二重スパイをあまり聞くことはありません。ここでは2000年代以降の二重スパイについて紹介します。
カトリーナ・レオン‐中国の二重スパイ
彼女は16歳の時に中国からアメリカに移住してきました。アメリカの高校と大学を出て、1972年に永住権を獲得します。彼女はFBIの監視下にあり中国に違法な技術情報を提供していた組織と親密であったことから、FBIは組織と中国の情報を収集するために1982年に彼女をスパイとして採用し、コードネーム「パーラーメイド」と名付けました。しかし、彼女はアメリカに情報を提供する傍ら、アメリカの情報を中国に流すようになります。FBI捜査官2人との不倫関係を持った彼女はバッグの中の機密書類を盗み見ては中国に情報を送っていました。その諜報活動は江沢民国家主席にも認められるようになり、国に帰れば歓迎され、直接面会するまでになります。情報漏洩の疑いはあったがFBI担当官が不倫関係という事もあり、捜査は進みませんでしたが、盗聴捜査などで証拠をつかまれ2003年にスパイ容疑で逮捕されます。彼女は約20年間に渡り二重スパイ活動を続けました。
エイプリル・フール‐イラク戦争の命運を決めた二重スパイ
エイプリル・フールは2003年のイラク戦争において重要の役割を果たした二重スパイのコードネームになります。 イラクに外交官として潜入していたアメリカ軍将校はイラク諜報部からスパイの勧誘を受けます。アメリカ軍司令のトミーフランクはそれを利用し、誘いに乗っているふりをして偽の侵略計画をエイプリルフールを使ってイラクに情報提供します。そこにはトルコやヨルダンを介してイラク北部と西部から侵攻するという嘘の計画が記載されており、まんまとその方面にイラク軍を配置させることに成功します。これにより、イラクの他の地域の戦力が大幅に削減され、アメリカ軍はクウェートとペルシャ湾を介した南東部からの侵攻に成功します。イラク軍の戦力の再配備が整なわないまま、首都バグダッドは数週間で陥落し、サダム・フセインの政権は崩壊しました。
CIAが騙されたチャップマン基地自爆テロ事件
2009年12月30日にアフガニスタンのチャップマンCIA基地で基地司令官を含むCIA局員7名の計9名が死亡した自爆テロ事件に二重スパイが絡んでいます。これは映画『ゼロ・ダーク・サーティ』の中でも描かれました。犯人はヨルダンの情報機関ヨルダン総合情報部がアルカイダに潜入させた二重スパイのフマム・ハリルとアブムラル・バラウィの2人によるものでした。2人はヨルダンで逮捕された際に諜報員として当局に雇われアルカイダに潜入し、欧米の情報機関に情報を提供していました。テロがあった日はアルカイダのナンバー2、アイマン・ザワヒリに関する情報があるとしてチャップマン基地に車で訪れます。従来であれば検問所でセキュリティチェックされるはずが、仲間という事でチェックはされず、基地内に入り基地司令、CIA職員が出迎える中、自爆しました。